HiKaRu

第30号(File #30:2005.06.30発行)

◆ 〜ちさと〜 Vol.3◆

HIKARUは、グラスの一つをレジのマスターに届け、彼の耳元でそっと囁いた。
「今夜はありがとね」
マスターは紙幣の束を数えながら黙ったまま大きく頷いた。

テーブルに戻ってグラスを三つ並べて置くと、ちさとが一つに手を伸ばし、HIKARUにかざしながら尋ねた。
「良い香り・・・、これは???」
「HABANASHOT! ハバナクラブのライムスクウィーズだよ。こういうシンプルなのが結局のところ飽きないのよね」
「HIKARUの定番だよな。しかし懐かしいね、これ。昔よく呑んでたよな」
あらためて三人はグラスを重ねた。シャープなライムの香りと酸味が口いっぱいに拡がる。

まあ、それにしても、つつがなくとまでは言えないまでも、特別なトラブルもなく無事に終われて、ようやく次第に安堵の気持ちに包まれながらHIKARUは、ゆっくり落ち着いてそのラストショットを味わうことができた。ちさとも風太郎も、それぞれ物思いにふけっているのか、三人は黙ったまま思い思いにグラスを傾けていた。何ら会話をしなくともただ一緒にこうして同じ時間と空間を共有できる・・・、そんな気の置けない関係がHIKARUにはこの上なく心地良かった。

それからしばらくの間、まるで止まったかのようにゆっくりと静かに時が流れる中、マスターがその静寂を破って言った。
「そろそろ店仕舞いしたいけど・・・、いいかなあ?」
「はあーい」
三人が同時に返事をして、お互い苦笑いをする。
風太郎はマスターと翌日の荷物搬出と清算の段取りを、ちさとはテーブルを拭き灰皿を片付け、HIKARUはグラスを洗い、両手にいっぱいの花束を抱えられるだけ抱えてバーを後にした三人は、そこからものの10分足らずのHIKARUの部屋に向かって歩き始めた。

「ふふっ、ふふっ」
一番先を歩くちさとの忍び笑いが聞こえた。
「何よ、気味悪いなあ」
HIKARUが花束を抱え直しながら言った。
「私たったら、相当酔ってるみたい。真っ直ぐに歩けないよう」
ちさとがふらついている。気が付けば、風太郎もHIKARUも左に右によろめきながら歩いていた。
「あれえ、おっとっと、ははは」
ちさとの笑いにつられて、風太郎もHIKARUもこみあげる笑いを抑えきれなくなった。深夜の幹線道路沿いの喧騒の中を、どうしてこの三人がこんな大量の花束を抱えながら酔って徘徊しているのか、そんなお互いの滑稽な姿が酔いと笑いを増長させた。

「何だか想い出さない?」
笑い疲れたちさとの言葉に、HIKARUは同じ気持ちでいた風太郎と目を合わせて頷き合った。
「いつかも同じことしてたよね。デジャヴだあ」
振り返ったちさとの無邪気な笑顔は、時を一気にさかのぼって学生時代にマンハッタンの深夜の街を酔って徘徊したあの夜の少女の笑顔そのものだった。
<なんて可愛いんだろう、こいつ・・・>
あれから流れた長い歳月が凝縮されて、まるであの夜もほんの数日前の出来事のように感じられてしまう。HIKARUは努力をしてきたわけでもないのだから、多くの時間と空間を共有することは、ただそれだけでお互いをこんなにも強く結び付けるものなのであろうか・・・、フラッシュバックするように様々な過ぎ去った場面が脳裏をよぎり、HIKARUはちさとと風太郎への沸沸とこみ上げてくる情愛の感情で胸がいっぱいになってしまった。

否応無く綿々と時は流れる。集まってくれた人々の数だけ、そしていつもそこにいたちさとと風太郎、そしてこれからも・・・、感謝の涙が溢れて頬を伝い、抱えた花束に零れ落ちる・・・、HIKARUはそうしてMy Thanks Giving Nightをしみじみと噛みしめたのだった。

号外に続く


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