HiKaRu

第11号(File #11:1999.12.21発行)

◆ 〜潤くん〜 Vol.2◆

潤くんが会社を辞めてからもう一年近くになる。潤くんは自分が本当は何をしたいのか、自分にこれから実際に何ができるのかをずっと模索し続けている。見守っているHIKARUが息苦しさで胸が詰まってしまうほどの徹底した潤くんの完璧主義が、彼自身をがんじがらめにしてしまっているのだった。

初めの一ヶ月ほどの間はずっと自宅の部屋に閉じこもってしまっていたらしい。次の一ヶ月ほどは長期戦を覚悟したためか突如以前の潤くんに戻り、預金の預け変えやら有価証券の整理やら投資マンションや土地など不動産の処分や買い替えやらといった資産運用上の投機的要素を排除する見直しと調整を手際良く済ませてしまい、それからまた部屋に引きこもってしまったようだ。

普段の潤くんとHIKARUは必要に応じて電子メールでやりとりをしてきていたが、その頃はHIKARUが何通かメールを送っても潤くんからの返信はなかった。それまでいつもHIKARUとの橋渡しをしてくれていた潤くんとの連絡がつかなくなると、カリンや子供達の様子も判らなくなった。もちろんカリンにも直接連絡をしてはみたが、相変わらず何らの反応もなかった。

それから三ヶ月ほどが過ぎた頃、突然潤くんから会いたいとの電話があり、HIKARUはちょうど久しぶりに実家に戻る日だったので、潤くんに車で送ってもらうことになった。HIKARUはほんの短い間実家に戻って生活したことはあるものの、大学時代風太郎と暮らし始めた時からの独り暮らしだったが、実家のHIKARUの部屋は大学時代からほとんど変わることなくそのままに維持されている。

潤くんは、デスク、テレビとオーディオセットが置かれ膨大な古いLPレコードとCDがぎっしり詰まった棚、それにソファーベッド以外はすべて書籍というHIKARUの部屋にまず驚いていたが、所狭しと床から高く積み上げられた書籍の山だけでなく、部屋の四方の壁全面の書棚がすべて三層構造になっていることを知るとただ絶句するだけだった。HIKARUは小学生高学年の頃以来のいわゆる活字中毒で、少ない時でも週に十冊ほど、多い時には日に五冊ほどをも読み漁る中・高校生活を送った。三層の書棚は、HIKARUに対しては甘さを極める父親が、工務店を経営する弟に特別に造らせたもので、部屋の四方の二本ずつ三列のレールの上を引き戸式に動く仕様で、棚一つ分空けたスペースから自由にどの列にも出入りできた。元々は居間として使っていた二十帖ほどの部屋が、高校二年の時にこんなふうに改造されてHIKARUの部屋になったのだが、実際に部屋の空間として使えるスペースは四畳半ほどでしかない。

潤くんは唯一相談できるHIKARUの意見を聞きたかったようだが、HIKARUに潤くんへの具体的な助言ができるはずもなかった。図書館のような書棚の間を潤くんは行ったり来たりしながらHIKARUとあれこれ話すうちに、結局その日の翌日から二ヶ月ほど潤くんは、その実家のHIKARUの部屋に居候をすることになった。読みたい本がそんなにたくさんあるのなら、いっそのことここにこもればとHIKARUが勧めたのだった。

くれぐれも潤くんには一切構わないように、挨拶もしなくていいと家族にはよく言い含めておき、時折母親に様子を聞いていたが、午前中と夜に食事に外出し、夜11:00過ぎに家族の後に入浴して浴室を掃除する変わりない毎日ということだった。そして二ヶ月後に潤くんは、家族あての挨拶をしたためた置き手紙と50万円分の商品券をHIKARUの部屋のデスクに、HIKARUには一通の電子メールを残して姿を消した。

 

親愛なるHIKARUさま

前略 いつもお世話になるばかりですが、今回のことではまたまたたいへんお世話になりました。本当にどうもありがとう。 僕は普段ほとんど本を読まないから、今回は一生分くらいの本を読んだ気がします。 これまでまったく知らなかったいくつかの世界を知り、想像もできなかった様々な知識も得ましたが、僕はまだ混乱しています。HIKARUちゃんはここにある全部の本を読んでもなお今のHIKARUちゃんなのですから凄い、心から敬意を払います。 自宅に戻るべきなのかもしれませんが、思うところあってしばらく旅に出ることにしました。カリンや子供達も、本当の僕である僕を待っていてくれるはずだと思いますし、僕が僕を愛せないうちはカリンや子供達も愛せないということだけは、今よく解ります。 こんないい年のオヤジの僕に、この僕自身を探す旅をする勇気を与えてくれたHIKARUちゃんに心から感謝しています。
草々

さやか/Vol.1に続く


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