HiKaRu

第17号(File #17:2000.04.04発行)

◆ 〜なおこさん〜 Vol.4◆

当時まだなおこさんとこの女性は、私立女子医科大学の二回生だった。この女性は、きちんと毎日の講義にも出席し学内での成績も上位だったが、風太郎と交際をするようになったなおこさんは、大学のすぐ近くに部屋を借りていたにもかかわらずほとんど大学に行かなくなり、成績も下降線をたどった。

風太郎と面識のある一部の友人を除いて、なおこさんの親しい友人達の多くは、風変わりな根無し草のような風太郎に影響されて純真な彼女が道を踏み外していこうとしていると思い込んで心配をし、二人の関係に横やりを入れる者も少なくなかった。

事実風太郎は、なおこさんと知り合って二度目のデートの日からそのまま彼女の部屋に居着いてしまい、密度の差はあっても以来今日までずっと居候としての立場を維持し続けているのだ。

居候生活を始めた頃の風太郎は、それまであちらこちらで単発かつ単独でしていた様々な仕事に統一した様式を後から新たに加えて、広告代理店と制作会社を併せたような企画制作事務所を当時知り合った各方面の仕事仲間達と共同で始めていた。風太郎をはじめ数名の企画立案を担当する仲間がプレゼンテーションの段階までの営業をクライアントにかけ、その時点でその案件に関してのみの制作チームを編成しては案件が終了した時点で解散するという方式で、当初はおもしろいほどに関係する仲間達も増えていき、案件の数も規模も大きくなって、ものの半年ほどの期間で200名を超える登録制作スタッフを擁し、各種案件がいくつも同時に進行して全体の取引金額もゆうに億の単位にのぼる大所帯に成長していった。

HIKARUもずっと生活のほとんどを時々にしか戻らない風太郎の部屋でしていたから、別にHIKARUが自分で借りていた部屋は風太郎達一部の中核スタッフの事務所として使用されていた。といっても、その頃はまだFAXすらそれほど普及していなかった頃で、電話回線を二本使用して片方にかかってきた電話をもう一方の電話で設定先に転送するという高価な機器を使用して出先でクライアントからの電話を受け、郵便物を受け取り、週に一度の中核スタッフの会議に使われていた程度だったので、HIKARUにも特に何の支障があるわけでもなかった。

やがて順風だったこの共同事業にも終わりがやってくる。こんな実体のない事業も成長し安定してくるとその安定を維持しようとしたくなるのが人の常で、そうした他の中核スタッフと法人化に否定的な風太郎との間に摩擦が生じるようになった。風太郎は、収益をあげるということよりも個々の案件の独自性や社会性といったことに重きを置いていて、何より当時の偶発的な一時の成功が営々と維持できるようなものではないことをよく知っていた。そうして結局二年も経たないうちに、また風太郎は彼等とも決別をしてしまうことになる。彼等の一部はそれまでの延長で会社を設立し、一部はクライアントにスカウトされて中途入社したり、元のフリーランスに戻る者など、発展的解消という建て前のもと仲間達はばらばらになってそれぞれの常識的な世界に戻っていった。

それから風太郎は、もともとパンフレットやメニューづくりなどで継続的取引のあったホテルチェーンへの人材派遣や実務を代行するホテルサービス会社の事業所統括責任者と懇意になり、その人物の代わりに事業計画書を作ってあげたものがその人物の会社の新規事業として採用されてしまったことをきっかけに、乞われてそのままその会社に就職してしまうことになる。このあたりから風太郎の波乱万丈流浪の人生が始まり、ずっと傍に寄り添って風太郎を見つめ続けたなおこさんも、必然的にその渦の中に巻き込まれていくことになった。

実際のなおこさんには周囲が心配するような風太郎に引き摺られるような要素はまったくといってよいほどなく、深い愛情と信頼で風太郎とつながっており、それからどんなに風太郎から様々な負の影響を受けようとも風太郎の犠牲になったというような被害者意識もなく、自らの意志で自らの納得を前提に、失敗と成功のめまぐるしい繰り返しを続ける風太郎の全存在をあるがままに受け入れ、風太郎の全活動を常に見守り、そして精神的にも経済的にも風太郎を支え続けた。

大学にあまり通わなくなったにもかかわらず、なおこさん本人すらも驚いたほどだったが国家試験にも現役で合格し、母校の付属病院に勤務するようになり、最近ではそろそろ役職に就こうというような現在の立場になりながらも、その実はそうした社会的な立場や金銭や病院での仕事にも何物にも束縛されず、執着もせず、公私の垣根もなく常に自然体を維持しながら、その時々においての最大限の努力を続けてきたなおこさんの真からの強さは他に比類のないほど安定した領域に達している。

目の前に立ちはだかった高い山に真っ向から立ち向かい、既に山頂間近かというようななおこさんに対して、HIKARUはぐるぐるとただ山の周囲を回ったり、道具に頼ろうとしてみたり、他の山に登ってみたりといったはるか遠回りの日々を過ごしてきた。そんなHIKARUに、結局少しずつでも真直ぐに立ち向かっていくしかないということ、そして今こそ根本的な問題解決を先送りせずにまずはスタート地点に立つべきであることを、身を持って行動で示したくれたのがなおこさんだった。もちろんのこと、なおこさんにはHIKARUを導こうという意図など皆無であることは言うまでもない。HIKARUも自らが本当はどこにいくべきなのかに心の奥底では気付いていたことをもう否定はしない。ずっと自らを探し求めてきたはずなのに、自らに真直ぐに向かい合うことをずっと避けてきたという事実を受け入れてしまいさえすれば、不思議にふっきれたさっぱりとした楽な気持ちにもなれたのだ。

 

見慣れたはずの街並は、 その朝のHIKARUには初めて訪れた知らない街かのようによそよそしく映った。駅の近くの立て看板に気付いて、普段はただ通り過ぎてしまう横道に入ったところで見つけた運送屋にその日の午後一番に予約を入れ、時々読書をする駅前の喫茶店でただぼんやりと時間をつぶした。時間になって運送屋に戻り、その車に同乗して荷物を風太郎のアパートからHIKARUの部屋に運んだ。そんなふうにして、ある日唐突にHIKARUの恋の遍歴は始まった・・・。

なおこさん/Vol.5に続く


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