HiKaRu

第18号(File #18:2000.05.13発行)

◆ 〜なおこさん〜 Vol.5◆

ある時、HIKARUはなおこさんに尋ねたことがあった。
「ねえ、もしも風太郎が死んでしまったとしたら、なおこさんはどうする?」
なおこさんは、即座に答えた。
「私も後を追います。彼のいない生活なんて考えられないもの」
「・・・・・」
特に深刻な会話をしていたわけでもなく、普段のとりとめもない雑談時の会話 だったのだが、思いもかけなかったなおこさんのストレートな返答にHIKARUは 言葉を失ってしまった。たとえ風太郎が死んでしまったとしても、HIKARUは 絶対に後を追ったりなんてしない。

なおこさんとHIKARUの風太郎を巡る勝敗は、初めてHIKARUがなおこさんに出会ったあの夜に既についてしまっていた。寄り添った二人の間のHIKARUが感じたことのなかった特別に親密な空気に触れた瞬間に、そのことをHIKARUは直感的に感じとっていた。

にもかかわらず、HIKARUはその後ずっとそのことを認めることができなかったし、なおこさんに対しての気持ちに決着をつけることにも、HIKARU自身そうとは気付かずに長い間背を向けてきてしまった。そして自らの敗北を感覚的には明確に認識し許容できるようになってからも、どうしてなおこさんをHIKARUが越えられないのか、その理由が理解できるようになるまでには最近までさらに また相当な時間を要した。

愛する相手かあるいは自分自身かという究極の二者択一の選択を迫られれば、迷わず風太郎のために自らを犠牲にできるであろうなおこさんと結局自分自身を棄てられないであろうHIKARUとは、もともとそれぞれが立っている土俵から違っていて、二人の間には戦い自体成立すらもしていなかったのだった。出会って間もない頃はともかくとして、やがてHIKARUの存在を消化してしまったなおこさんの側には、HIKARUに対しての対抗意識自体がとうに消失してしまっていたのだ。

なおこさんは、風太郎の一部としての、また直接のかかわりを通してのHIKARUの全存在を認めているのに対して、HIKARUにとってのなおこさんの存在の在り様や彼女との関係は、いつかあるべき形に変わるべきかりそめのものであるはずだというような願望的意識が根底にあって、HIKARUは後ろめたくて居心地の良くない気持ちをいつもどこかで感じてはいながらも、表面的にはなおこさんとの親交をずっと暖めてきた。HIKARUの側からは事あるごとに連絡をしていたし、風太郎を交えたりあるいは二人で時々会ったりもしてきたが、想い起こせばなおこさんの側から何らかの誘いを受けたことはなかった。

 

そんなふうにいざとなれば自分自身を棄てられるなおこさんが、日々学習や経験から多くを学び、社会的実績を積み、自我を育て、確固たるなおこさんの人格を形成できてきたのにもかかわらず、どうして自分自身を棄てられないはずのHIKARUなのに確固たるHIKARU自身を形成することができずにいたのだろうか。

金銭や物あるいは社会的な立場などといった俗人があくせく追い求めている世俗の塵埃に執着せず、自らを取り巻くすべてを自らの価値観と尺度で判断し、決して慌てず自らのペースで日々の研鑽を重ねてきた成果として、今のなおこさん自身の人格や教養、社会的実績や人間関係が構築されてきているのだが、なおこさんはそうしたすべてに対して執着心というものを根本的に抱いていないのだ。

なおこさんが執着しているものとは、おそらくなおこさん自身と風太郎だけであるように思う。なおこさん自身とはその時々の常に成長し変化を続ける自らであり、なおこさんは常に自然体でその時々の判断によって自らの進む道を決 断し、その結果のすべてに自己責任を負ってきた。そして風太郎は、なおこさん自身の一部であり、というよりもはやなおこさん自身なのかもしれず、風太郎の言動は自らの言動の一部とでも認識しているかのようだった。

なおこさんと風太郎がそこにいると、なおこさんがそこに、そしてその横に風太郎がいて、二人はそれぞれ別の人格として存在しており、その二人の別々の人格はまた重なっても存在しているのだ。そしてその重なった共通部分は、なおこさんでもあり、また同時に風太郎でもある。さらに時を過ごすほどにその共通部分は日々大きくなっていき、最近では一つに重なっているように見える瞬間すらあるほどで、それほどなおこさんと風太郎はもはや一体化するかのような域に達している。

 

HIKARUは風太郎と決別して部屋を引き払ったあの日以来、数多くの恋の遍歴を重ねてきたが、なおこさんは風太郎以外に男を知らないばかりか、その風太郎との男女の関係も最初のほんの数年だけで、以来今日に至るまでもうまったく消失したままなのだという。それでも二人は一緒の時には、手をつないだり、キスを重ねたり、抱き合ったり、一緒に入浴したり、いつも寄り添って時を過ごしているのだ。

 

ある時期を境にして、HIKARUの心の中からなおこさんに対しての競争心といったような感情が抜け落ちてしまったかのように消えたことをきっかけにして、HIKARUは他者との比較からの認識というこれまでの束縛のパラドックスから抜け出して、HIKARU自身やHIKARUを取り巻くすべての存在のあるがままの在り様が認識できそのまま許容できるという自由のスパイラルを初めて実感できるようになった。

その自由のスパイラルとは、自分自身に限り無く束縛されることであり、自らを見つめれば見つめるほどこれまでコンプレックスに感じていたような事柄も含めて自らを愛しむ気持ちが日々大きくなってきて、それにつれてすべての存在をあるがままに受け入れて愛しむ気持ちも大きくなり、HIKARU自身とHIKARUの毎日は一変していった。

最近ではこれまでのようなわだかまりや遠慮などといったマイナーな感情にとらわれることなく、あるがままのHIKARUとしての自然体で、過去のこれまで浪費や過ちとしてしか認識できなかった長い長い遠回りもかけがえのない経験に変えて、現在のHIKARUを取り巻くすべての存在とも正面から向き合い直し、HIKARUのこれからの未来を焦らずゆっくりと模索しているこのところの日々がとても楽しく心安らかに感じられる。こんなふうにして、ようやくHIKARUは探し求めてきた自らが愛せるHIKARU自身を見つけることができたのだった。

潤くん/Vol.3に続く


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