HiKaRu
第21号(File #21:2000.12.22発行)

◆ 〜HIKARU自身〜 Vol.2◆

「もういいかげんにしろよ、HIKARU・・・。自分の身体のことも少しは考えろって。・・・言うだけ無駄か・・・。解っちゃあいるんだからな・・・」
風太郎は、呆れ果てたため息まじりの声でぼそぼそとつぶやくようにHIKARUに言いながら書類に署名と捺印をした。堕胎手術を受けるためには相手の了承が必要で、その度に風太郎は何らの詮索もしないまま書類を作るのに協力してくれた。

最初に風太郎の元を去ってからの恋の遍歴のなかで、HIKARUは中絶を三度と流産を一度経験した。それでも避妊には自分なりに普段から気を付けてはいてピルとペッサリーを常用してきたが、ピルを副作用からの体調不良で控えた時などふと気を抜くとHIKARUは決まったように妊娠してしまった。何事にも懲りずに同様の過ちを何度も繰り返すのは、HIKARUの悪癖の一つである。

中絶はいつも自ら決心をして相手の男にも妊娠の事実すら伝えたこともなかったので、HIKARUはその度に風太郎に片棒を担がせてきた。HIKARUには、自分が出産をして育児をすることがどうしても想像することができず、もともと子供が好きではなかったし、ただうるさく煩わしいだけの存在でしかない子供に自分の人生を左右されることなどどうしても許容できなかったのだ。

風太郎は、最初に妊娠してしまった時には、相手の男のことは何も聞かないまま一緒に育てるからと産むようにHIKARUを熱心に説得したが、HIKARUは断固としてそれを拒否し、二度目以降は風太郎も諦めてもはや何も言わなかった。HIKARUの一度決めたことを決して曲げない頑固で我がままな性格を風太郎は一番よく知っていたし、それらがたとえ間違いであったとしても、彼は相応のリスクも負ったうえでいつもHIKARUの決断を尊重してくれた。

このことに限らないが、HIKARUが何かを頼めば風太郎は黙って無条件で協力をしたし、その逆も然り、長い付き合いの中でいつしかそれが風太郎とHIKARUの間の暗黙の了解事のようになっていた。それだけに逆にお互いに物事を気軽には頼めないようになりはしたが、いざという時には頼りにし合える親兄弟とのそれよりもずっと深いと感じられる信頼関係は、風太郎とHIKARUお互いにとっての最後の拠り所となってきた。

 

そんなHIKARUも、四度目に妊娠をした時には今度こそ産みたいと考えて、それなりに様々な準備をしたものだったが、それまでの悪事が祟ってかHIKARU自身も命を落としかねないような厳しい状況下で流産をしてしまった。もはやHIKARUには出産は相当に難しいようだが、それも身勝手なHIKARU自身が招いたそれまでの数々の悪事の蓄積の結果なのだから甘んじて享受していく他はない。 もちろんその四度目の妊娠も計画的なものではなかったが、この時の相手とはその先の人生を共にしていくだけの愛情や信頼感を抱いていたし、自ら望む気持ちまでは感じられなかったが出産に対しての何ら否定的な要素も見当たらなかったから、HIKARUはその妊娠をきっかけとしてその先の人生設計に真面目に取り組んだ。

相手の男は、フリーランスの編集者で、HIKARUが知り合った頃には若き成功者の一人としてバブリーな生活を謳歌していた。学生時代に当時の若者達に人気の高かったトレンディー雑誌の編集部でアルバイトをしたことをきっかけにして、もちろんそれなりの感性も才能も持ち合わせていたのだろうが、人当たりの良いきさくな性格で他方面にわたる様々な仕事に恵まれて精力的に活動をしていた。都心の一等地に贅沢なオフィスと住居を構えて、高級外車を何台も乗り回し、身長190cmを超えるアメリカンフットボールで鍛えたプロレスラーのような迫力の体格と派手なアーリーアメリカンファッション、それに大きな地声、そして何より日々の派手な金使いで異様に目立ち、三森という名字からのみっちゃんの愛称で当時の夜の街ではちょっとした有名人であった。

HIKARUとはあちらこちらの店で彼にしつこく言い寄られるうちに、次第に情が移っていつしか深い関係に発展していった。それまでのHIKARUの男達は揃って美形で細みの体型と限られていたから周りの悪友達にデブ専のHIKARUとしての印象が新たに定着してしまうほどに、HIKARUはそれからどっぷりとこのみっちゃんとの関係に埋没していった。

 

風太郎の元を去って以来それまでのHIKARUは、特定の男との恋愛関係に長く陥ることはなかった。その時その時の男達のことをHIKARUは愛してはいたものの、社会的あるいは経済的な男への依存心を根本的に持たないHIKARUにとっては、それらの恋愛関係の延長上に結婚などのさらなる関係を付加していく必要性を感じることは皆無だった。また、相手の男達の中には妻帯者もあったし、そうした常識的な倫理観もまったくHIKARUは持ち合わせていなかったから、自らの情愛に浸るうえでもすべての社会的常識は、HIKARUにとっては単に愛情関係をぎくしゃくさせる煩わしい制約でしかなかった。

HIKARUにとっての恋の遍歴とは、結果的にそのままほとんどが性の遍歴であり、多くの場合一夜限りの情事でHIKARUの性の欲望は燃え尽きて跡形もなく消失してしまう。行為の上では受け身の形式をとってはいても、気持ちのうえでは魅力的な男を自らの欲望に任せてHIKARUが犯しているのであって、その男性的ともいえるHIKARUの感情は一度相手と性的に関係してしまえば急速に冷めてしまうのだ。それほど本当に魅力のある男は少なく、結局のところ風太郎を越える存在にはずっと出会えずに、へたな鉄砲はいくら数を打っても当たりはしなかった。

HIKARUにとっての性的な関係は、それ以外の人間関係とは別個に切り離された独立した関係なので、仕事上の関係など他の社会的関係が重複していたりすると、HIKARUの側はともかく相手の男とその周りには多くの場合様々な混乱や支障が生じた。一夜の情事に没頭する扇情的な淫らなHIKARUとの継続的な性的関係をほとんどの男達は望んだし、HIKARUへの執着心から男達が起こした様々な事件は枚挙にいとまがなく筆舌に尽くし難い。それでも本当に懲りずに純愛に生きようとするだけのHIKARUは、理由などなく単純に初めての男と関係するときめきや沸き起る淫らな欲望に浸ること自体も好きだったし、唯一絶対の男に巡り会いたいという自らの本来の望みとはうらはらに悪の女王として男達を結果的に翻弄し続けてしまう繰り返しだった。

 

みっちゃんは、そんなHIKARUの中に執拗にそして強引に入り込んできた。いつも自分の方から能動的に最初の関係を持つHIKARUのスタイルからはずれたばかりでなく、ましてやHIKARUにとっては自らの意志に反して男を受け入れたことも初めての経験だった。 彼との出会いとそれからの日々は、それまでのHIKARUの価値観や生き方を大きく変えていくことになった。

 

HIKARU自身/Vol.3に続く


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