HiKaRu
第22号(File #22:2001.05.02発行)

◆ 〜HIKARU自身〜 Vol.3◆

みっちゃんとHIKARUが深い関係になった当初、他の多くのHIKARUの男達と同様にみっちゃんもまた妻帯者であった。まだ子供はいなかっ たし、真偽は定かではなかったが夫婦関係も冷えていたとのことで、みっちゃんは出会った当初から離婚を前提としてHIKARUに交際を迫 っていた。

しかしHIKARUはそれまでの男の好みからはかけ離れていた彼との交際自体を躊躇していたのであって、そんな彼の背負った状況に関してはまったく興味すらも感じてはいなかった。HIKARUの恋愛においては相手の外見と人間性のみが重要で、生い立ちや現況や社会性などは何の意味も成さなかったし、生活のスタイルにおいて結婚も、HIKARUには何らの必然性も感じられない無用な社会的制約の一つに過ぎなかった。

みっちゃんは、何度つれなく交際を拒絶しても決して懲りなかったし、出会ってからステディーな関係に発展していくまでには半年ほどの期間を要したものの、結局はHIKARUも彼を受け入れてしまうことになった。

相手から強い愛情を注がれることで情にほだされるとでもいうのであろうか、そんな相手からのアプローチで始まる恋愛はHIKARUにとっては初めての経験であった。愛するよりも愛されることから恋愛をスタートさせがちな、相手から求められる視点と基準でしか自らの価値を見い出すことのできない多くの周囲の同性達を許容できないでいた自分が、自ら求めるのではなく相手から求められて恋愛に落ちた自身を、それからまたしばらくの間は漠然と許容できないでいたのだった。

今でこそHIKARUも、恋愛が相手の感情あるいは自らの感情からスタートしようと何らの抵抗感もないが、みっちゃんとの出会いまでは、先にアプローチされてしまった時点でその相手への興味を失ってしまうほどHIKARUはそのことに意固地になっていた。それまで望むすべてを手に入れてきた自身に対しての無条件な自負心が、決してみっちゃんを懲りさせることはなかったし、その自負心の強さをはねのけるまでの彼を拒絶し続ける理由をHIKARUは見つけられなかった。どこへでも追いかけ回していつでも傍にいた彼を拒絶し続けるのも、もはやHIKARUも面倒になってしまったのだった。

 

また、日常的な彼の言動の多くに対してもHIKARUは許容することができないでいた。二人でゆっくりと食事をしながらのひと時をと、HIKARUがあれこれと料理をする端からどんどん食べ始めてしまい、HIKARUがテーブルに着く頃にはもう一人で食事を終えてしまっているような、あるいは自らにメリットがあると判断すれば相手を選ばない広く浅い調子の良い彼の人付き合いの影響から何度約束を破られるなど振り回されたことであろうか、一つ一つは些細なことと言ってしまえばそれまでのことであるが、HIKARUはそうした彼の自己本位的なところがどうしても許容できなかった。

その意味では似た者同士のHIKARU自身も、もちろん負けず劣らず自己本位的であったが、常に一歩先を越されてしまう彼から初めて何らか様々な予期せぬ制約や強制を受けてしまうことは、当時のHIKARUにとっては相当に大きな苛立ちにつながっていった。

そんなみっちゃんとの恋愛に対して主体性や積極性を持てないただ受動的なHIKARUの曖昧でつれない態度は、みっちゃんのHIKARUへの執着心を煽り立て増長させていくこととなった。また同時に日々彼は意固地に、やがてさらに猜疑心に満ちた嫉妬深い性格に変わっていった。変わっていったというよりも、HIKARUはもちろんのことみっちゃん自身も気付いていないところでの元々の彼の人間性だったのかもしれない。いや元来人はすべてそうしたもので、そうした本質を覆い隠すために人は、知識や経験を積み重ね、自らの人格を高めていこうとしているのかもしれない。

 

そうしたみっちゃんとHIKARU二人の間の感情の相違や行き違いという根源的な要素に加えて、当時の彼の仕事上の行き詰まりが二人のぎくしゃくした関係にさらに拍車をかけることになった。

HIKARUが出会った頃は、バブル景気が終焉に向かい始めた頃で、みっちゃんの仕事は全盛期を謳歌していて、元々の性格に加えて若き成功者の座もさほど労せず手中にした当時の彼は自尊心と活力に満ち溢れていた。ところがバブル景気が破綻すると、それまでの栄華の日々がまるでうたかたの夢であったかのように急速に彼の仕事は低迷していった。彼の事務所のクライアントであった広告代理店や雑誌社などへの企業の広告宣伝関連予算は当時大幅に削減されたうえに、そうした発注の絶対数も大幅に減少したため、結局外部契約あるいは下請けとしての位置にあった彼の事務所への依頼は、件数も予算も日々細っていき、みるみるうちにほとんどなくなってしまったのだった。

事務所は、仕事仲間のフリーランスライターと共同で運営していたのだが、みっちゃんとは正反対の堅実かつ誠実な性格のパートナーは何とか仕事を維持できていたものの、みっちゃんの収入はほぼゼロとなってしまった。自宅のランクを落としたり車を処分したりしてしのげたのもつかの間、すぐに折半してきた事務所の賃料の支払いにも行き詰まるようになったため、しばらくはパートナーも立て替えに協力してくれていてもみっちゃんの将来への見通しがまったくたたなかったために結局パートナーシップを解消、パートナーはリーズナブルな身の丈に見合った事務所を単独で立ち上げ、事務所も失ったみっちゃんは業界から完全に干されてしまうこととなった。

それでも、みっちゃんは企業に所属するなどこつこつと働く発想は持てず、イベントやパーティーを企画したり、アウトレット衣料雑貨のガレージセールを打ったりと、一発狙い的な様々な事業に手を出すものの、それらはことごとく失敗に終わり、借財を大きくしていくばかりの日々を過ごしていた。そしてやがて借り入れも行き詰まると、日々の食事代や交通費すらもHIKARUの収入をあてにするようになって彼の生活はどんどんすさんでいった。

 

HIKARUが自らの内のみっちゃんへの深い愛情に目覚めていったのは、彼への貞操観念というようなそれまでの自らの内には皆無であった感情の存在に気付いたことがきっかけだった。みっちゃんとの交際を始めてからももちろんのこと、日常的な性的関係がみっちゃんとの間にはあっても、並行して様々な男達との情事をも、彼への何らの罪悪感を感じることもなくHIKARUは楽しんでいた。ただ彼は日々嫉妬深さの度合いを深めていったから、本心では影で隠れる必要もないとは思いつつもともかく面倒だったので、それらの事実を彼に知られないようにそれなりにHIKARUは配慮していた。もともとHIKARUから好意を寄せていたある別の男とのまさに初めて迎えたある夜、何故かどうしても気持ちが落ち着かず、何よりときめき興奮するはずのその時に、ようやく射止めた目の前のその男に対してではなく、部屋で一人で食事をしているであろう彼のことばかりに意識が飛んでしまっている自らのやり場のない感情が彼への貞操観念なのであろうかと、唐突にHIKARUは初めて気付いたのだった。そしていてもたってもいられなくなったHIKARUは、その夜を過ごすはずだったホテルからタクシーで真っ直ぐ二人で暮らしている部屋に戻ってしまった。その夜の二人の愛の営みは、それまでの彼との間には一度も経験のなかった絶頂に何度もHIKARUを押し上げて、それからしばらくの間は一日に何度も彼と交わり続ける日々が続いた。

いつもHIKARUはこんなふうにふとしたある瞬間に内なるHIKARU自身に気付くのであった。また気付いてしまえばHIKARU自身にとってもごく自然に感じられる世間一般の常識的事柄の多くがなかなかHIKARUには理解できずに、それらに気付くのにHIKARUはいつも巡り巡って遠回りをしてしまうのが常であった。またその反面で日常の仕事や生活にはほとんど役に立たないような事柄については直感的認識を示すところもあって、それらの両極の認識をうまくバランスをとれないところがHIKARUの不確かで危うげな性格や言動のパターンを形成していたのだった。

その頃は、みっちゃんの仕事が低迷し生活がすさみはじめた時期で、それまでの彼が調子づいた日々を過ごしていた頃にはまったく感じなかった彼の思いやりやいたわりの感情が、その夜以来芽生え始め、そして自らの内に感じたことのなかった母性のような感情に日々育っていった。まったく出口の見えない迷路を這うような彼を見守り、精神的にも経済的にも支えつづける自らに対して、それまでの苛立ちの感情はいつしか充足感へと変わっていることにHIKARUが気付いた頃、唐突にその事件は起こった。ある日、みっちゃんが大麻の不法所持で逮捕されてしまったのだった。

 

 

HIKARU自身/Vol.4に続く


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