HiKaRu
第23号(File #23:2001.11.26発行)

◆ 〜HIKARU自身〜 Vol.4◆

みっちゃんがいずれ逮捕されるのは必然と、周囲の誰も驚かなかったほど、彼は様々なドラッグをいつも所持し、外でも公然と常用していた。HIKARU自身も時折ドラッグには手を出していたので、みっちゃんを強く非難することはできなかったが、それでも持ち歩いたり、少なくとも人前で服用したりすることなど決してなかったから、限度を知らない節度もまったくない彼を日々たしなめてはいたのだった。

結局前科はついてしまったものの執行を猶予されたこともあってか、彼は一時反省するようなそぶりは見せていたものの、根本的には何の罪の意識も感じてはいなかったから、釈放後またすぐにドラッグに浸る生活に戻ってしまった。

ただでさえ彼の仕事は低迷していたところに、その逮捕で周囲はさらにまったく彼を相手にしなくなったので、自暴自棄になった彼のドラッグ依存は日々深まっていき、次第に中毒症状に陥るようになっていった。

この頃はまだHIKARUもみっちゃんへの思いやりやいたわりの気持ちに満ちていたから、何とか彼を立ち直らせようと日々精神的に彼を支えながら、また二人の生活のために仕事にも没頭していったのだった。

 

それまでの夜な夜な遊び歩いていた生活をきっぱりと絶ったばかりか、みっちゃん以外の男達への興味すらも湧かなくなり、そんな状況であっても逆にHIKARUには、始めて愛する人のために生きることでの充足感すら感じる毎日だった。

残業や休日出勤が日常化していたから、少しでも長くみっちゃんとの時間を過ごすために、仕事が終われば買い物を済ませて真っ直ぐ部屋に戻って料理や家事に明け暮れるうちに、HIKARUはまた期せずして四度目の妊娠をしたのだった。

意識すらしていなかったが、気付けば避妊自体がすっぽりと日常から抜け落ちてしまっていたから、当然と言えば当然の成り行きだったが、HIKARUはその事実で憑き物が落ちるかのように冷静さを取り戻し、その時々の感情に身を任せてよくもここまで物事を考えずに日々を過ごしてこられたものだと、今更ながら自身に呆れる思いだった。

しかし、相変わらず子供が欲しいという気持ちはまったくなかったし、このことでその時の二人の生活に大きな変化を余儀なくされる面倒さには、腹立たしい気持ちすら感じるほどだったが、それまで躊躇なく堕胎を選択してきたHIKARUとは異なる自分が確かにそこに存在していることに大きな戸惑いを覚えていた。

それからしばらくの間は、妊娠の事実を誰にも伝えないまま、HIKARUなりにそれからの人生を考える日々を過ごしつつも、慌しい日常に紛れてなかなか将来をイメージすることがままならないでいたのであるが、ある日酒も煙草もすっかりと控えている自分自身にふと気付いて、思わず苦笑すると同時に何だかふっきれるように唐突に出産を決意したのだった。迷いが断ち切れたその時点からのHIKARUの日々は、出産とそれに伴う新たな生活に向けて大きくそして迅速に切り替わっていった。

妊娠の事実をみっちゃんに伝えると、結果的には彼に実質的な変化は何もなかったものの、それでも彼なりに気が向けば仕事探しに出たりといった、それまでにはなかった前向きな姿勢を見せるようにはなった。しかし、もともと彼への精神的かつ経済的な依存心を持たないHIKARUであったから、彼や産まれてくる子供を含めた将来を、自分を中心にして設計していったのだった。

それまでの仕事のスタイルをその後も維持していくことは困難だったうえ、みっちゃんの将来の展望も立たなかったこともあって、様々に考えあぐねた結果、HIKARUはアメリカ移住を決心したのだった。大学卒業後に経験をしたニューヨークでの長期滞在は、HIKARUにはとても肌が合ったうえに、それなりの自信にもつながっていた。またそういう前提で考えると、HIKARU自身はもちろんのこと、みっちゃんや子供の将来を考慮しても最上の選択と思えたのだった。

それからは日本での仕事の整理を兼ねてニューヨークでの仕事の準備をあらゆる方面の伝手を頼りに開始し、並行してビザの問題やら子供の教育事情の調査など、手際よく進めていくそれまでにも増して慌しい日々が続いたのだった。ところがそうしたHIKARUの気持ちとは裏腹に、みっちゃんは執行猶予期間中は海外渡航はもちろん東京を離れることすらも禁止されている身の上だったこともあってか、HIKARUが彼を切り捨てるつもりなのだと思い込んでしまい、先に渡航して生活基盤を確立したら後から呼び寄せるし、それまでの日本での彼の生活の面倒もみるからといくら説いて聞かせても、もはや聞く耳も持たないでただ拗ねるだけでなく暴力すら奮うようになっていった。

 

そのうちにHIKARUのお腹も大きくなって、それなりに移住の準備も進み、出産はニューヨークでと考え始めていたところに、また大きな事件が起こった。それまでの三度にもわたる堕胎の影響と日々の無理がたたってしまったのか、ある日HIKARUは流産をしてしまうことになる。お腹の子供はもちろんのこと死産であったが、HIKARU自身も意識が翌日の夜まで戻らず、生命の危機にさらされ、それまでの行いのツケが一度に回ってきたのだろうと、意識を取り戻した後も自らを責める以外何もできなかった。

さらに追い討ちをかけるかように、みっちゃんはHIKARUが入院したことも知らないまま、HIKARUが救急車で病院に運ばれたその日に、今度は覚醒剤取締法違反で逮捕されてしまっていたことをHIKARUは病床で知ったのだった。

それからの数ヶ月の間みっちゃんは懲役に服することとなったが、退院後のHIKARUが改めて自分自身を見つめ直すには、皮肉にも結果的に充分なだけの時間を与えてくれることとなった。

もともと妊娠中に既に感じ始めてはいたのだが、母性という本能の成せる業なのであろうか、HIKARUの感情や意識は自ずとみっちゃんからお腹で日々成長していく子供に大きく注がれていくようになったことは否定できないし、あながちみっちゃんの自らだけが取り残されるといったような危機意識も的外れなものではなかったのかもしれない。そのことを証明するかのように、子供がお腹から消えてしまうのと同時に、それまであれほどHIKARUを支配していたみっちゃんへの愛情もきれいさっぱりと消失してしまっていたのだった。何も嫌いになったというわけではなく、ただ彼を特別に好きだと感じる気持ちが突然なくなってしまったのだ。

 

みっちゃんが刑期を終えて戻るのを待たないで、HIKARUは引越しをして、また新たな人生を歩き始めようとした。彼にはHIKARUの気持ちを正直にそして率直に綴った別れの手紙を書いた。

この先どんな展開になっていくとしても、HIKARUにはみっちゃんとの関係を一度きれいに清算せずしてはそれからを想像することもできなかったのだった。

実際に改めて仕事と部屋を確保して新たな生活を始めてからも、もうもはやみっちゃんとの生活を始める以前のような自分自身に戻るようなことはなかった。興味の対象はもちろん価値観までもが大きく変わってしまっていたのだ。それにまたしばらく先のことであっても、結局はまたみっちゃんとの生活を再び始めることになるような予感のようなあきらめの気持ちも何となく感じはしていたが、いずれにせよまずはHIKARUが自分自身を精神的にそして経済的に確立することが先決であることに、何らの疑いも迷いも感じることはなかった。

みっちゃんは出所後も、相変わらずの体たらくを繰り返していて、もうどうやって生活をしているのかも判らないが、HIKARUへの執着心は以前にも増してさらに強くなり、現在もまだストーキング行為を続けている。HIKARUが何度連絡先を変えても、また引越しをしても、必ずどこからか突き止めて、ほとんど毎日、ひどい時には一日に何度もひたすら無言電話をかけてくるのである。

HIKARUも精神的に追い込まれるような時期もあったが、もう最近ではすっかり慣れっこになってしまった。始めの頃には、一言も語らないみっちゃんに対して、一方的に諭したようなこともあったが、彼のもう何年にもわたる毎日の無言電話も目覚まし時計くらいにしか感じなくなってしまってきていて、しばらくこちらも無言で受けてはただ電話を切るようにしている。

こんなふうに、まったく会わないばかりか一言も言葉を交わさずとも、いつもこうしてつながっているのも、男と女の一つの関係というようにすらこの頃では感じるのだった。

 

まだHIKARUにアプローチをしてくる男達も少なくないが、なかなか興味を湧かせてくれるような相手もいなければ、自らの完璧主義的美的感覚からは満足しきれない肉体の衰えや仕事のスタイルや成果など日々の一つ一つに思いを巡らせると、HIKARU自身の納得からははるか遠い基準で低迷して久しい自分自身を認めざるをえなかった。それでもそうした不本意な状況から一刻も早く脱却すべく、HIKARUは始めて真摯にかつ本気で試行錯誤を重ねる日々を過ごしてきた。

そんな長いトンネルを抜けるように、やっとここに来てHIKARUは久しぶりに身体の奥底から自然に沸き起こってくるエネルギーを感じ始めていた。そしてようやく思い立ったある日、HIKARUはもはや迷わずに風太郎の携帯をコールしたのだった。

 

HIKARU自身/Vol.5に続く


hikaru home