HiKaRu

第4号(File #4:1999.11.03発行)

◆ 〜カリン〜 Vol.1 ◆

おととい、HIKARUは退屈極まりない午後の一般教養の講義に堪えかねて、たまたまその日が最終日だった映画のリバイバルに一人で出かけた。

映画館を出ると陽が夕方の柔らかかな斜めの光に変わり始めようしているまだ早い時間で、HIKARUはもうそれから特に予定がなかったので、普段なら電車やタクシーに乗るはずのところをのんびり歩いて帰ろうと思い立った。

優しい斜光が道行く人の影を少しずつ伸ばしながら街を次第に淡い琥珀色に染めていくこの時間が、HIKARUは少女の頃から好きだった。黄色に色づきはじめた銀杏並木を歩き、メジロやシジュウカラのさえずりに耳を傾け、いくつかの小さなギャラリーを覗いて、ちょっとした食材や香辛料などを買い揃え、最後に高校時代から時々通っていた洋書店に立ち寄った。

その日見たリバイバル映画の原作本と何冊かの洋雑誌を選んでレジに向かい、ひとかかえの本を手渡そうとした相手の店員に気付いて、HIKARUは思いがけないあまりの驚きに息を呑んだ。カリンだった。

「・・・・・驚いた。ここでバイトしてるんだ」
「うん、もう一ヶ月くらいかな。そろそろあがる時間なんだけど、急いでないならお茶する」

その時始めて耳にしたカリンのハスキーでフラットな声の響きに、HIKARUの胸は高鳴り締め付けられた。

カリン、HIKARUの大学の同級生、入学以来すでに半年近く経っていたが、それまでHIKARUはカリンと言葉を交わしたことすらなかった。めったに大学に姿も見せない、他人とのかかわりを拒絶するかのように寡黙なカリン、ボーイッシュでラフなスタイル、ショートカットにノーメーク、それでもむだのない端正な美しさ、その凛々しく確固たる存在感、どう接していいのかわからず周囲の誰もが群れをなし距離をおいて取り巻くだけのなか、HIKARUはずっと気にかかっていつもカリンを見つめてきた。

夢心地のHIKARUは、カリンと離れたくない気持ちだけで、そのままその夜の彼女に連れられていき、風太郎に出会った。そしてあくる日にHIKARUは風太郎のアパートを訪ねて、そのままそこに住み着いてしまうことになる。

風太郎もHIKARUの大学の同級で、彼を知ってはいたが、カリンを通してこの夜改めて出会うまでは特別何らの印象も彼に対して抱いてはいなかった。

カリンと風太郎が大学の外で定期的にこうしてずっと会っていたこと、風太郎に心を開き笑顔すら見せる別人のように明るいカリン、交わされた不思議なそれでも自然な会話、すべてがHIKARUには新鮮な刺激に感じられた。この夜の一連の出来事が、突然のつむじ風のようにそれまでとらえどころもなく深い霧のように静かに積もってきた戸惑いや倦怠や焦燥感といったもやもやをあとかたもなく払拭し、HIKARUはそこに解き放たれた自然なHIKARU自身の存在を感じることができたし、そのHIKARU自身は久しぶりに再会した忘れかけていた以前のHIKARUで、心から愛せたいつまでもこのままであり続けたいと願ったHIKARU自身だった。

カリン/Vol.2に続く


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