HiKaRu

第6号(File #6:1999.11.12発行)

◆ 〜カリン〜 Vol.3 ◆

「今日は雪になるかもしれないね・・・。このファンヒーター、ぜんぜん効かないじゃない。ベッドから出られないよ〜。ストーブにしようか、私が買ってあげるから。講義は自主休講にしちゃおうかな・・・。風太郎はどうする?」 12月に入ったばかりのある寒い朝、HIKARUは布団にくるまり首だけ出しながら、台所で珈琲をたてている風太郎に言った。

「僕は今日からしばらく昼間ははずせない用事があるんだ。学校へは行かない」
「何それ、またバイト?」
「いや、そうじゃない。バイトは今の夜だけで十分だよ」
風太郎は週に2〜3日コンビニの終夜店員のアルバイトをしていた。バンドの仲間とローテーションを組んで365日深夜勤務全体を請け負っていて、かなりスケジュールに融通がきくことが彼は気に入っていた。

「HIKARUもこの数日中に一日空けてくれる?連れていきたいところがあるんだ」
「ええっ、どこそれ?」
「まだ内緒。その時までのお楽しみ」
「ええっ、何それ、教えてよ〜。今日でもいいのっ?」
「いいよ、もちろん。これから行くけど一緒に行く?」
「うんっ。じゃあ起きる」
風太郎に連れられていったところは、HIKARUも時々出かけるお気に入りのギャラリーの一つだった。何だか拍子抜けした気分で風太郎について中に入ると、受付にカリンが座っていた。

「ええっ、どうして?久しぶり。もう全然学校来ないし、連絡もつかないし・・・、会いたかった」
「ごめんね。バイト忙しくてね」
「ここの?」
「違うよ。知らないで来たの?私達の写真展だよ」
「ええっ、ほんとに?全然聞いてないよ」
「はい、よろしければこちらにご署名をお願いします」
「もう信じられない・・・、驚いた〜、もうっ、風太郎っ」
「ごめんごめん、驚かそうと思ってさ。カリンにも会えたろ。まあゆっくり見てってよ」

「ふ〜ん・・・、こんなメンバーのグループ展なんだ・・・。どうして私にも声かけてくれなかったの?」
「あれっ、HIKARU写真撮れるんだっけ?カメラ持ってるの?」
「もうっ、いいよ」

そういう風太郎の冗談もあながち否定できないところがあって、確かにHIKARUはまったく撮影技術には自信がなかった。もともと明確な目的意識を持って大学に入ったわけではなく、大学進学は両親から強く勧められていたから、他にも興味が持てそうな各方面のいくつかの大学を受験し、たまたまそのうちの最初に合格したのが私立総合大学芸術学部の写真学科だった。

HIKARUは写真を撮影すること自体にはあまり興味が持てず、写真光学とか現像印画理論といったようなテクニカルな必須科目や特に月毎のテーマでの制作課題についていくことには相当な苦痛を感じていた。写真に限定しない映画やアニメ、絵画、リトグラフなど映像全般に興味があり、何となく美術関連の仕事もいいか程度の気持ちだったから、風太郎はもちろんのこと、浪人してまでも入学してきたり、一般大学から転入してきていたり、韓国からの留学生といったこのグループ展のメンバー達とはまったく一線を画していて、入学以来言葉を交わしたこともなかった。このメンバー達もまたお互いに直接関係している訳でもなく、それぞれが風太郎をバーターとしてのみの付き合いだった。

カリンはこのメンバーの中でもまた最も異色な存在で、このメンバー達との関わりもまったくなかったが、やはり風太郎がカリンを参画させたことは間違いのないところだった。

香港の貧困層の子供を中心に取材し全紙サイズに焼いたドキュメンタリー、テレビ画面を撮影して特殊処理を施したコラージュ、都市の風景を造形としてのみの視点から捉えた組み写真といったそれなりの個性を感じさせるメンバー達のそれぞれの作品を鑑賞し、すべてをアパートの中とアパートの窓から撮影したにもかかわらず独自の世界観を表現している風太郎の作品に思わず苦笑し、HIKARUはカリンの作品の前に立った。

「・・・・・・・・・・」
言葉がなかった・・・。

「どうだ。凄いだろう・・・」
背後で風太郎が囁いた。

カリン/Vol.4に続く


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