HiKaRu

第7号(File #7:1999.11.18発行)

◆ 〜カリン〜 Vol.4 ◆

HIKARUが最後にカリンに会ったのは、二年前の年の暮れだった。街はクリスマスイルミネーションに彩られ、誰もが慌ただしく道を行き交っていた。
「HI、KA、RU・・・」 背後からかけられた声の主が誰なのか、HIKARUにはすぐに判った。カリンの声は、今だにHIKARUの胸をせつなく締め付ける。振り返るとカリンと娘のさやかが、大きなショッピングバッグをいくつも抱えて並んで立っていた。
「・・・ほんとにいつも突然で偶然ね」

HIKARUは何年かに一度はカリン一家と交流があったが、それはいつも突然で偶然だった。連絡をしても連絡がついたためしはなく、伝言を残してもカリンから折り返しの連絡は一度もなかった。学生時代からずっと変わらない。

「HIKARUおばさま、今日は私の誕生日なの。カリンに欲しいもの全部買ってもらっちゃった。いつもクリスマスも一緒にされちゃうんだけど・・・、こういう時くらいカリンに母親らしいことさせてあげなくちゃ、これも親孝行。これから食事なんだけど、HIKARUおばさまもご一緒しません?」
「そうね。さやかちゃんの誕生日なら、ご馳走しなきゃね。カリンにも今度いつ会えるか判らないし・・・。今日お父さんは?」 
「潤くんは、今はニューヨークかロンドンじゃないかな?時々帰ってはくるんだけど、最近はほとんど行ったきりなんです。ダウンサイジングとリストラの役だからさすがに潤くんもいつも疲れてる・・・。これを終わらせたら辞職するって言ってた」

さやかは、カリンが大学二年の在学中に産んだ最初の娘で、大きなお腹でのカリンの登校は学科をこえて学部中の話題になったが、カリンは相変わらずまったくそうした他人の雑言を気にとめなかった。

カリンは小学校に入学した年に交通事故で父親を失くし、以来家政婦として働く母一人子一人で育った。父親の保険があったので生活が苦しかったわけではないのだが、高校生の時からすでに独り暮らしをしていたし、学資も生活費もすべてアルバイトで賄う自立した生活だったこともあってか、まったく妊娠出産を悩むふしもなく、当然のことのようにさやかを産んだ。

見た目にはあまりぱっとせず目立たない物静かな人物である父親の潤くんは、当時国立工業大学に籍は置くがカリン同様大学にはほとんど通わず、ジャズピアニストを志しながら音楽関連のミニコミ誌を一人で発刊していた。

カリンと潤くんの存在は、風太郎のこれまでの人生に限り無く大きな影響を与え続けてきたが、二人にはそういう認識はまったくなかった。風太郎はもうこの20年近くカリンにも潤くんにも会ってはいないばかりか、電話で話したことすらもないのだから、それも無理はない。

あのグループ展以来、風太郎は日々変わっていき、一人で考え込むことが多くなっていった。カリンの作品をプリントしたのは風太郎だったことをHIKARUは後になって知ったのだが、自らがトップであることを至上課題としていた風太郎は、その暗室作業の過程で彼の人生最初の挫折を味わうことになった。

「まったく逆立ちしても、どう間違ってもカリンの足下にも及ばない」

そう言って風太郎は、学校にほとんど行かなくなった。

さやかが生まれて半年ほどが過ぎた大学三年の夏に、カリンと潤くんは入籍をした。ささやかな披露パーティーにと風太郎とHIKARUは招待され、この時初めて潤くんに会った。

そしてその数日後、きっぱりとふんぎりをつけた風太郎は大学を去った。潤くんとの出会いが、風太郎にとどめの深い挫折を与えたのだ。

カリン/Vol.5に続く


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